表紙の志ん朝さんの顔も面白い:古今亭志ん朝 「志ん朝の落語4 粗忽奇天烈」


着々と読んでおります、「志ん朝の落語」。
早いものでもう4巻目!
今回は粗忽者が沢山出てきて、笑いをこらえるのが大変だった話もあった。
収録されているのは以下の通り;

「御慶」

江戸時代に今の宝くじに当たる“富”というものがあったそうな。
歳の暮れにそれに当たって大金持ちになった男が、年始廻りに裃やら脇差やらを着たりさしたりしていこうとする。でもあいさつが分からないから大家さんに聞いた挨拶の言葉が“御慶(ぎょけい)”。それでその言葉を使ってみようとするがなかなか想定通りにいかなくて…というオチだけれど、面白いのはそこではない。
この“富”に当たるまで、当たったのが面白い。
おかみさんが“着物を買って”といったら

「ああ、買ってやるよォ、着物なんざァ。なんでも好きな物買えェ。なあ!ええ?豪勢にワアッてやろうじゃねえかァ。十二単でもなんでも着ろい!」

(p39)

という返しが面白かった。

「百川」

これは本当に喜劇といった態で面白かった。
江戸の料理屋さんに奉公人が入る。その奉公人が田舎から出てきたばかりで、初日ということで羽織を着ている。そして訛りが非常にきつい。
料理屋の旦那さんとの初顔わせしている時に、客からお呼びがかかる。他の給仕たちがいないので、その奉公人が御用を聞きにくる。
しかし“この主人家の抱え人で、主人家が申しますのが『ご用があるから伺ってくるように』というので、参った次第です”というのが

「あのォ、わしハァ、この主人家(しじんけ)の抱え人でごぜえましてなあ、ええ主人家の申しますのには、『ご用があるだから、うかがって来う』ちゅうで、参った(めえった)次第でごぜえましてなあ、ヒェエ」

(p64)

というもんだから、その客はまったく何を言っているのか分からない。
しかし羽織を着てるし、なんとなく拾えた言葉から、大事な人と間違えてしまう。
といったようなドタバタ劇。

「大山」

江戸時代に、信心でもって大山参りとかが流行ったらしい。
男衆が皆で行くのだが、熊さんは酔っぱらったりすると乱暴するということで、大山参りに一緒に行かせたくない。
でもごねられて、喧嘩をしたら頭を剃るよ!という脅しのもと一行は出掛ける。
しかし帰り道、あと一歩で家、というところで、酒に酔った熊さんは狼藉を働いてしまう。
しかし先達となっている大家さんは、あと少しで家に着くんだから穏便に済ませようと、坊主にしないであげようとする。

が、黙っておられないのが、実際に殴られた人たち。熊さんが寝ているうちに、頭を剃ってしまい、次の日には寝てる熊さんを置いて行ってしまう。
起きた熊さんは怒って、駕籠に乗って一行を追いこして江戸に着く。
それから皆の奥さんを呼び集めて、実は道中に皆事故死してしまったと告げる。
そして供養するために、奥さん方の髪を剃ってしまうのだ。

確かに、熊さんへの仕打ちもひどいけど、その仕返しでこれもどうかね、と思ってしまって、ちょっと後味の悪い噺だと思った。

「碁どろ」

碁に夢中になっている所へ、泥棒が入ってくる。
しめしめと思いつつも、碁盤が気になって覗くと、つい口だししてしまう。
とそれだけの話だけど、二人がしゃべりながら打っている中に、泥棒も混じって、という会話のキャッチボールが面白かった。

「真田小僧」

お小遣いが欲しい子供が、父親から言葉巧みに巻き上げるといった話。
その言葉巧みっていうのが、母親が父親のいない時に知らないおじさんと会ってたよ、というのを思わせぶりに話、その先がしゃべってほしければ、お金ちょうだい、といった感じの、割と阿漕な手口だったり。
こんな子供やだ、と思いつつも、こういったテの話は純粋に面白い。

「堀の内」

頭にいくつも“超”がついても足りないくらいの粗忽者が、ちょっとでもおっちょこちょいを失くすために、お参りに行くことにするが、そこに行くまでの大変な行程が噺となっている。ある種のドタバタ劇。

「野晒し」

隣人から、釣りをしていたらしゃれこうべを見つけ、弔ったら夜に娘の幽霊が現れた、という話を聞き、同じことをする。でも釣りなんて普段しないから、大騒ぎして周りに迷惑をかける話。

「小言幸兵衛」

1巻に収録されていた「搗屋幸兵衛」の連作。
こちらも大家さんの幸兵衛が小言を言いまくっている。その小言がただの小言じゃなくて、自分で勝手に妄想を膨らませて、それで怒っているんだからおかしくてしょうがないが、言われている人はたまったもんじゃないよな。
一体こんな大家さんで、本当に店子は集まるのかと思ってしまう。

「妾馬」

身分は町人だが、お殿様に見染められて、この度めでたく御世継ぎを産んだ妹。
その妹に会いに行く兄。大家さんに挨拶を教えてもらったり、着物を貸してもらったりして屋敷に向かう。
でもまた例によっておっちょこちょいだから、なかなかスムーズにことが進まない;

「どなた様にお目にかかる?」
「えー・・・、なんとか言うんだよ。それも教わってきたんだ。忘れちゃったな。えー・・・、あっそう、(手を打って大声に)田中三太夫ってェ人がいるでしょう」
「これこれこれこれ、これェッ!無礼者!田中三太夫という人と言うやつがあるかいッ」
「ア、人じゃあねェんですかい?」

(p334)

なんて始末。
でも「おふくろが喜んでるから、呼んでやってくれ」と頼んだりするシーンは、心温まる。

ただのドタバタ劇だけじゃなくて、じーんとなるところがあって、その締めるところと緩めるところの塩梅がよかった。

「化物使い」

非常に人使いの荒いご隠居さん。
なんとか耐えてくれる奉公人を見つけたけれども、その人もご隠居さんが引っ越す際に暇が欲しい、と言って来る。
なんでも今度引っ越す家は幽霊邸らしく、その奉公人はめっぽうこういった話は苦手で、ご免こうむるというわけだ。
引っ越してみたら、なるほどお化けが出る。
でもこのご隠居、へこたれない。
色々用を言いつけた挙句、

「あのォ、何か、さっきィ、おれがゾォーーーッとしたろ?ええ?うん、気持ちが悪くなった。あれ、お前が出てくるときに、ああいうふうにさしたんだな?あれな、ああいうこと、さしちゃあ嫌だよ、ねえ。えー、で、あれないでもって、スッと素直に出るように。いいかい?でねェ、もっと早くに出てきとくれ、早くに。昼間のうちに。ねえ。いろいろと用があるんだから。」

(p380-1)

なんて。
いいなあ。この話。化物話好きだから余計面白くて、ずっと読みたかった。

「四段目」

芝居好きの小僧。お店のお使いの途中、芝居を観に行ってしまい、主人に怒られる。お仕置きということで、ご飯も食べさせてもらわず蔵に閉じ込められる。
空腹を紛らわせるためにも、忠臣蔵の四段目(判官切腹の段)のまねごとをし、それを見た店の者が慌てふためく、という話。
これは実際に見てみたい話だった。歌舞伎好きのものとしては、どう演ずるのか見てみたい。

「粗忽の使者」

武士の中で、非常に粗忽な人がいた。
殿様の使者として、違う屋敷に向かったが、用向きなどの口上をすべて忘れてしまう。
小さい頃、そういった時に父親にお尻をつねられていた名残で、お尻をつねれば思い出すことがあるという。
しかしこの頃、自分がつねってもまったく効果がないっていうので、その屋敷の者につねってもらうがそれでも思い出せない。屋敷の方も困るから、色々試し、最後に釘抜きでつねってやっと思い出す。まだ用向きを聞いてなかった、ということを。

古今亭志ん朝 「志ん朝の落語4 粗忽奇天烈」 京須偕充・編 2003年 筑摩書房

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