さくさく読み終わってしまった「失われた時を求めて」の第二巻。
実際、1巻よりも断然に読みやすかった。
この巻には、第二部の「スワンの恋」と第三部の「土地の名・名」が収められている。
8割方が「スワンの恋」なのだが、そのタイトル通り、スワンのオデット嬢への恋が書き綴られている。
だから、第一巻よりも読みやすいのはそのせいかもしれない。
と言ってもただの物語調ではない。
スワンがそれまで好みではないとみなしていたオデット嬢に恋に落ちる瞬間から、その恋から冷めてしまう瞬間まで、スワンの心情描写が話のメインとなっているのが、「失われた時を求めて」らしさを出しているのだと思う。
つまり、普通の恋愛小説とは違っており、ただただスワンの心の動き―恋に落ちる瞬間から、恋の楽しい部分、楽しい部分から苦しむ部分、苦しむ部分からあるきかっかけで冷める瞬間まで―が克明に描かれているのみで、特にストーリー性があるわけではない。
その描写がまた緻密で、説得力があり、読み応えのあることといったら、さすがに世界的に著名な本だけある。
というわけで、話の流れといった流れはあまりないのだが、それでもざっと概要を述べると…
この話は語り手が生まれる前の話。
社交界を飛びまわっているスワンは、あるところからオデット嬢と知り合いになり、オデット嬢がスワンのことを気にいったのをきっかけに、オデット嬢がよく出ているヴェルデュラン夫人のサロンにも出ることになる。
オデット嬢は自分の好みではまっっったくなかったので、いくらオデット嬢が好意を寄せても、対して興味を持てなかったスワンだったが、ある時、オデット嬢の姿にボッティチェリの絵との相違を見つけ、その途端恋に落ちる。
楽しい恋の一時はすぐに過ぎてしまい、社交界を批判的に見ているヴェルデュラン夫人に反感を抱かれてしまいサロンに呼ばれなくなったり、オデットがスワンに興味がなくなってしまったりして、スワンは恋に苦しむ。
しかもオデットは高級娼婦であるとスワンに言って来る人も出てくるが、スワンはオデット一筋。
そんな苦しんでいるある日、夜に見た夢を反芻するなかで、突然、オデットは自分の好みの女性ではまったくなかったと気付き、恋という夢から覚める。
「スワンの恋」と同時に収録されている「土地の名・名」は、語り手の思い出話に戻る。
名前から連想する土地などの素晴らしさを語った後、スワンの娘・ジルベルトとの思い出が語れる。
これが「小さな恋のメロディ」的で、その前に語られていた「スワンの恋」と少々対比されている感じで面白い(何せスワンとオデットの子供だし)。
ここでも男が女に恋焦がれるが、女は知ったこっちゃない、といった姿勢が描かれている(こんな書き方をすると身も蓋もないが)。
心に残った文章を追記しておく;
日ごろからスワンは、巨匠の絵のなかにただ単に私たちをとりまく現実の普遍的な性格を見出すだけではなく、逆に最も普遍的と縁遠いように見えるもの、私たちの知り合いの顔の個性的な特徴といったものを見出して喜ぶという、特殊な趣味を持っていた。こうして彼は、アントニオ・リッツォ作のヴェネツィア総督ロレダーノの胸像が、頬骨の出かたといい、眉の傾斜といい、彼の馭者のレミと瓜二つであること、ギルランダーヨの色彩は、実はパランシー氏の鼻の色であること、またティントレットのある肖像画は、頬の肉に入りこんでくる頬髯の生えぎわといい、鼻の割れ方といい、さすような眼差しや血走った目といい、まさにデュ・ブールボン医師そのままであることを見出したのだった。
(p90)
スワンが恋に落ちる瞬間の描写の一部。“鼻の色”というところが一番のお気に入り。ちなみにギルランダーヨをググってみた
スワンがある楽曲に出会って感銘を受けるシーン;
スワンがいかに繊細な絵画愛好者の目を持ち、いかに鋭い風俗観察者の精神を持っていても、彼の目、彼の精神は、そのかさかさした生活の跡を消しがたくとどめているので、その彼にとって自分が人間でなくなり、盲目で、論理的能力を欠いた被造物、ほとんど異様な一角獣か、世界を聴覚によってしか知覚しない架空の生物に変身したと感じることは、大きな安らぎであり、不思議な生まれかわりだった。
(p120)
「失われた時を求めて」は視覚的な描写が多いなか、この楽曲のおかげで「スワンの恋」では音楽の描写も時々出てくる。どちらかというと視覚的な私としては、興味深い一文だった。
表情の描写;
彼女は泡のわき立つような陽気な調子で噴き出した。その顔の特徴は、ぱっと活気を取りもどした表情のなかにすっかり集中し、寄せ集められて、目はきらきらして、嬉しさで輝くような明るさに燃え上がっていたが、
(p330)
注釈で説明されているプルーストの思想が興味深かったので;
スワンの生きている恋、彼の変わらない嫉妬の忠実さは、実は死と裏切りから成り、無数の欲望、無数の疑惑で作られていたが、それらはいずれもオデットを対象にしていた。
(p398)
【注釈】「死」というのはその前の「生きている恋」に対立し、「裏切り」indélitéは「嫉妬の忠実さ」fidélité de sa jalousieに対立する。ここにはプルーストの基本的な人間理解があって、人は一定不変の連続した存在ではなく、たえず前の自分が死んで、異なった自分に生まれ変わると考えるのである。オデットへの恋も単一な一貫した愛情ではなく、つぎつぎと変わる無数の愛であり、ただ対象がオデットであるというにすぎない。これは、「私」を確固とした実体と考えるヨーロッパ近代の伝統に対する、新しい人間観と言えるだろう。
(p539-540)
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて2 第一篇 スワン家の方へII」 鈴木道彦・訳 集英社
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